発見!いわた 「磐田の著名人」

石川 勘三郎 (いしかわ かんざぶろう)

1861(文久元)年~1927(昭和2)年
石川 勘三郎(いしかわ かんざぶろう)

豊田郡大中瀬(おおなかぜ)村(現磐田市大中瀬)の百姓代の家に生まれる。

三遠農学社(1887年に設立された引佐(いなさ)郡、敷知(ふち)郡、長上(ながかみ)郡、三河国八名(やな)郡の自作農を中心に構成された農学の研究組織)や養蚕伝習所(現浜松市浜北区中瀬にあった)などで養蚕を学び、その技術を袖浦村に広めようと努力した。

1892(明治25)年の袖浦村農会設立に中心的な役割を果たし、設立後、会長となる。1896(明治29)年に郡農会が設立されると議員となり、農事改良事業を養蚕の領域で推進した。

1897(明治30)年より蚕種製造業を開始し、1901(明治34)年には袖浦村に蚕業組合を創設、その後中遠(ちゅうえん)蚕種同業組合の組合長となり、大日本農会、帝国農業改良協会においても養蚕技術の指導にあたった。

また郡会議員として、道路補修、私設消防団の公設化、天竜川の洪水対策にも尽力した。

参考文献

  • 竜洋町史編さん委員会『竜洋町史 通史編』 磐田市 2009年
  • 竜洋町教育委員会『郷土読本「ふるさと竜洋」改訂版』 竜洋町教育委員会 1995年
  • 静岡新聞社出版局『静岡県歴史人物事典』静岡新聞社 1991年