発見!いわた 「磐田の著名人」

伊藤 五郎 (いとう ごろう)

1858(安政5)年~1922(大正11)年
実業家
itogoro_p 伊藤 五郎(いとう ごろう)

内野兼吉の三男として、山名郡雁代村(がんじろむら)(現 磐田市豊浜)に生まれた。17歳の時に近所の伊藤幸次の養子となり、20歳で”きく”と結婚した。

明治22年に食酢の醸造を始めた。彼の店は、豊浜の四商店のうちの一軒で「五郎酢屋」と呼ばれ、製品は東京や伊豆方面にも売られた。

山林にも出資し、製材工場を経営し、東京に借家を建設したが、大火に遭った。当時の金額で、二万円相当の損失をしたといわれている。

また、海岸近くの荒地開墾整備をし、畑を村人に平等に割り当てた。砂地に「サシキリ」とか「ヤナサシ」といわれる方法を使った。萱(かや)・葦(よし)・竹や藁(わら)を砂に刺して、浜風に煽(あお)られる砂を塞(ふさ)ぎ止め、徐々に高くし、何年もかけて砂堤防を作り上げた。現在は砂堤防に松を植樹されて松林となり、整然とした耕地がみられる。

生前の五郎は、余暇を投網で楽しむ事が多かったといわれている。

昭和7年11月3日に中沢保三が作ったコンクリート製の像は福田港近くの福田水産(株)東側道路とマルニ水産しらす干直販所の道路北側にある前川排水機敷地内にある。作者の中沢氏は豊浜(とよはま)小学校の二宮金次郎像や丸八商店前の恵比寿(えびす)像も作っている。

参考文献

  • 福田町史編集委員会 『郷土の先覚者たち』 福田町教育委員会 1980年
  • 福田町史編集委員会 『わたしたちの福田町』 福田町教育委員会 2002年
  • 福田町文化財保護審議会 『福田町の史跡』 福田町教育委員会 2005年
  • 相場良造 『豊浜地区の故郷を見直そう』 2002年