発見!いわた 「磐田の著名人」

犬塚 祐市郎 (いぬづか ゆういちろう)

生没年・出身地不詳
祐市、祐一郎ともいう

江戸幕府の普請役人であった犬塚は1830年(天保元)〜1832年(天保3)に仿僧川(ぼうそうがわ)の改修をおこなった。かつて仿僧川は岡村(現磐田市岡)で天竜川の東派川(ひがしはせん)に合流して、天竜川の満水時に逆流による氾濫がおき、流域住民は苦しんでいた。そこで、岡村の天竜川との合流地点を締切り、海老島村付近(現在の磐田市海老島・えびじま)から「海老島水道」を開削した。これは今之浦川と途中合流して太田川河口へつなぐ新水路であった。これにより流域住民は仿僧川からの氾濫から救われた。

さらに1831年(天保2年)に天竜川東側・西側水防組合を組織化、東側は平松村(現在の磐田市平松)から駒場村(現在の磐田市駒場・こまば)西側は上善地村(浜松市浜北区上善地・かみぜんじ)から弥助新田(現在の浜松市南区三新町付近・さんしんちょう)まで、従来の一村による水防から、村境を越えた流域一体の水防組織となった。これは現在の東縁・西縁の両水防組合の礎となった。

また、彼は太田川・原野谷川(はらのやがわ)沿岸農地の干害を救うため、天竜川から導水する社山疎水(やしろやまそすい)を計画したが、当時としてはあまりに大規模な計画であったため、立ち消えになったが、後年磐田用水として実現することになった。

草崎の旧仿僧川犬塚橋のたもとに犬塚祐市郎の顕彰碑がある。

参考文献

  • 静岡新聞社出版局 『静岡県歴史人物事典』 静岡新聞社 1991年
  • 磐田用水土地改良区連合誌編さん委員会/編 『水と人』 磐田用水土地改良区連合 1983年
  • 磐田市史編さん委員会/編 『天竜川流域の暮らしと文化』 磐田市 1989年