発見!いわた 「磐田の著名人」

丘 浅次郎 (おか あさじろう)

1868(明治元)年~1944(昭和19)年
明治・大正・昭和初期にわたって活躍(かつやく)した世界的動物学者。進化論(しんかろん)の紹介者、文明批評(ぶんめいひひょうか)であり、教育改革論者(きょういくかいかくろんしゃ)でもあった。

1868(明治元)年11月18日、遠江国磐田郡掛塚町(とおとうみのくに いわたぐん かけつかちょう)(現 磐田市掛塚)丘家の次男として誕生。両親 、兄妹と肉親が急死し16歳にして天涯孤独の身となる。結婚後も長男、次男を亡くすという家庭の不幸が続き、相次ぐ肉親の急死が浅次郎の人生観、思想に大きな影響を与えたと思われる。独立独歩の精神で、研究一筋に生涯をささげた。

19歳で東京大学理学部に入学し動物学を専攻。東大卒業後には3年間のドイツ留学を経て、進化論の研究論文を発表する。語学が堪能(たんのう)で12ヶ国語に通じた。帰国後は山口高等学校や東京高等師範(しはん)学校の教授となり、教育の道にも携わった。後に自発的な研究意欲を養う教育論「疑いの教育」を唱える。1904(明治37)年 『進化論講話』(しんかろんこうわ)を開成館(かいせいかん)より出版。日本初の進化論一般向け啓蒙書(けいもうしょ)として、当時のベストセラーとなる。進化論に基づく文明批評論(ぶんめいひひょうろん)も同時期に多数発表し、注目を浴びた。1916(大正5)年には『生物学講話』(せいぶつがくこうわ)を開成館より出版し、『進化論講話』をしのぐ主著となった。その後も数々の研究論文を発表。地道な研究の成果により動物学者としての地位を確立した。

1944(昭和19)年5月2日、77歳にて病没。(本文中の年齢は数え年)

参考文献

  • 鈴木 潔・渡辺 明子 『郷土の生んだ偉人』 竜洋町郷土研究会 1994年