発見!いわた 「磐田の著名人」

大橋 亦兵衛 (おおはし またべえ)

1884(明治17)年〜1945(昭和20)年
『ふるさと豊田 改訂版』148Pより

衆議院議員大橋頼模(おおはし らいも)の嫡子として小立野村(こだての・現磐田市小立野)に生まれる。浜松中学(現浜松北高)を卒業後、1916年(大正5年)に井通(いどおり)村村長に就任、1919年(大正8年)県会議員に当選する。その後県会議長、衆議院議員を歴任した。県会議員時代に太田川・原野谷(はらのや)川地域の土地改良事業で以前に工事が中止となっていた社山(やしろやま)疎水計画が再びもち上がり、この時期、取水口移転を検討していた寺谷用水側の利益が一致して両者が県に働きかけをし、共同で磐田用水期成同盟会が設立され、期成同盟会長となった。この後、寺谷用水組合と旧社山疏水組合を統合して磐田用水連合会を組織するまで、期成同盟会長としてその任にあたり困難な問題の処理にあたった。

磐田市加茂の大円寺西側にある寺谷用水供養塔に平野睦則(むつのり)、鈴木正一(しょういち)と共に祀られている。

参考文献

  • 静岡新聞社出版局 『静岡県歴史人物事典』 静岡新聞社 1991年
  • 磐田用水連合会/編 「磐田用水誌」 磐田用水連合会 1952年
  • 新寺谷用水誌編纂委員会/編「新寺谷用水誌」 寺谷用水土地改良区 1986年