発見!いわた 「磐田の著名人」

鈴木 浦八 (すずき うらはち)

1852(嘉永5)年〜1918(大正7)年

加茂西村(現磐田市加茂)の庄屋の長男として生まれ、21歳で加茂西村の戸長、31歳で県議会議員となるなど要職を歴任した。

1875(明治8)年に地租(ちそ)調査委員に任命され、村内の耕地の調査に従事した浦八が見たものは、耕地があまりにも大小様々であり、畦畔(けいはん)は曲がりくねり、各家の耕地が飛び飛びに存在する姿だった。これは耕作に非常に不便な状況であった。

加茂西村の村民に耕地改良の重要さを説いて回った浦八は、1887(明治20)年「加茂西村畦畔改良委員会」を結成した。水田をある一定の大きさに定め、その畦畔を東西南北に整然と引き、所有田畑の交換分合(こうかんぶんごう)をおこなうといった浦八の構想には、先祖伝来の田畑の形状を変えたり、交換することに反対意見も多かったが信念をもって村民の説得にあたったという。

こうして約50町歩(1町歩は約0.9917ha)の耕地整理がおこなわれ、1891(明治24)年春に完成した。この事業で道路や用悪水路(ようあくすいろ)や畦畔を直線化することによって新たに2,636坪の余剰地(よじょうち)が生まれ、耕作等に活用する土地を得た。また耕地整備により、畜力を使っての農法が容易となり、生産性が向上した。

この耕地整理は日本の近代的営農への第1歩ともいうべき耕地の整備であり、後の1899(明治32)年に法制化される耕地整理法へ発展していったのである。

※畦畔(けいはん)
耕地の境のあぜ。くろ。(日本国語大辞典より)

参考文献

  • 郷土を考える会/編 『ふるさと豊田 改訂版』 豊田町教育委員会 1977年
  • 郷土を考える会/編 『ふるさと豊田写真集』 豊田町教育委員会 1982年
  • 豊田町誌編さん室/編 『豊田町誌 通史編』 豊田町 1996年
  • 御手洗清/編 『遠州偉人伝 第2巻』 浜松民報社 1963年
  • 静岡県教育委員会/編 『郷土の発展につくした人々 下巻』 静岡県教育委員会 1980年