発見!いわた 「磐田の著名人」

鈴木 覚馬 (すずき かくま)

1861(文久元)年〜1937(昭和12)年
歴史学者
『静岡県歴史人物事典』より

豊田郡草崎村(現磐田市草崎)に旧家鈴木家の20代目3男として生まれる。幼い頃から勉学の志が強く、草崎から少し離れた海老島(現磐田市海老島)の心月寺の寺子屋に通った。

1872(明治5)年日本で最初の学制頒布がされ各地に学校が開校し、寺子屋で学んだ者たちが校長や教師として登用された。覚馬も1881(明治14)年に福田小学校の校長となり、以降1895(明治28)年まで勤めた。福田小学校に勤務して間もなく、学校の近くに住む寺田こよと結婚した。

その後、国の文検に合格し国語漢文の教師の資格を得て1901(明治34)年から1920(大正9)年9月まで浜松中学校(現浜松北高等学校)で教鞭をとった。

1905(明治38)年9月に駿遠他誌の編さんを思いたち、以降1925(大正14)年5月まで約20年間の歳月を要して『嶽南史(がくなんし)』を完成させた。すべて毛筆で書かれ、量は美濃紙6700枚にも達した。出版は「嶽南史刊行会」により1931(昭和6)年〜1935(昭和10)年までに全5巻が刊行された。第1巻には柳田国男の序文が掲載され、限定350部で刊行された。内容は古代より江戸中期まで、古書古文献から静岡県にかかわる歴史上での出来事や口碑伝承までを詳細に収録したものだった。以後について原稿は成していたそうだが、遂に刊行されることはなかった。

1937(昭和12)年4月20日浜松市高町の自宅で77歳の生涯を閉じた。その墓は現在、磐田市福田の観音寺境内にある。また、『嶽南史』の初版本は福田小学校に寄贈され保存されている。

参考文献

  • 静岡新聞社出版局 『静岡県歴史人物事典』 静岡新聞社 1991年
  • 福田町文化財保護審議会『福田町の史跡』 福田町教育委員会 2005年
  • 「東海展望」 1974年7月号 自治タイムス社
  • 鈴木覚馬/編『嶽南史 全5巻 復刻』 名著出版 1973年