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発見!いわた 「磐田の著名人」

山下 凞庵 (やました きあん)

1657(明暦3)年~1738(元文3)年
医師、学者

中泉に生まれる。名は玄和、幼名は宗市郎、立節と称し、号は凞庵とした。凞庵の父山下政家は、豊田郡大当所村(おおとうしょ、現磐田市大当所)の出身で中泉代官松下清兵衛に仕え、同じく仕えていたその父政光とともに1645(正保元)年に中泉に転居した。

1677(延宝5)年2月6日に、父・政家が死去し、凞庵が山下家を継ぐ。20歳のときに横須賀藩の典医香取法橋自庵より医術を学び、その後開業し、人々から名医とうたわれた。慎み深く真面目で、奢りを憎み、専ら倹約に励み、学問にも造詣が深かったといわれている。

著書には、遠州地方に伝わる郷土の歴史を書いた『古老物語』や、『百姓論』などがある。

凞庵の後を継いだのは三女政子の夫で、浜松の木村玄竹法橋祐真の二男の寿軒である。1738(元文3)年6月9日に81歳で逝去。

参考文献

  • 静岡県 「静岡県人物誌」 静岡県  1924年
  • 下中邦彦 「日本人名大事典 第6巻」 平凡社 1979年
  • 喜多川貞男 「山下凞庵・古老物語 注釈」 2005年
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