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発見!いわた 「磐田の著名人」

小野 古道 (おのの ふるみち)

1697(元禄10)年~1782(天明2)年
医者、歌人

1697(元禄10)年、遠江国豊田郡川袋村(かわぶくろむら・現磐田市川袋)に生まれた。本名は長谷川謙益(読み方不詳)。

国学者内山真龍(うちやままたつ)の日記に、「1782(天明2)年8月13日、この人は、遠江国川袋生也、小野の古道と云いし者也。」、「八丁堀こんや町謙定、其の父盲人謙益86歳。」とある(小山正『内山真龍の研究』)。

古道は医者だったが、眼病のため失明し、それからは、鍼術・按腹を学び、一時、江戸で有名になるほどの腕前だった。

一方で国学も好み、浜松出身の国学者賀茂真淵(かものまぶち)が江戸に来ると、1738(元文3)年4月、最初の門人となった。古道は万葉の古い調べに新調を混交した歌風で名を成した。家集に『小野古道家集』がある。(清水浜臣/編『県門遺稿』第2集に所収)。加藤枝直(かとうえなお)の稿本『東歌』には、1775(安永4)年に詠まれた枝直との贈答歌が収められている。

同郷で同年の生まれの真淵とは、古道が亡くなるまで親しく付き合っていたようで、真淵の家で催された万葉講会や歌会に出席している。真淵の『賀茂翁家集』には、古道が亡くなった妻を悼む歌が収められている。県門十二大家のひとり。

1782(天明2)年、86歳で逝去。

参考文献

  • 静岡新聞出版局 『静岡県歴史人物事典』 静岡新聞社 1991年
  • 竜洋町教育委員会 『ふるさと竜洋 改訂』竜洋町教育委員会 1995年
  • 国史大辞典編集委員会『国史大辞典』 吉川弘文館
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