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発見!いわた 「磐田の著名人」

河合 亀太郎 (かわい かめたろう)

1876(明治9)年~1959(昭和34)年
薬学博士(「肝油ドロップ」の創製者)

静岡県豊田郡中瀬村(現浜松市浜北区中瀬)に河合八蔵の子として生まれる。1888(明治21)年、豊田郡下野部村(現磐田市下野部)の野部小学校(現磐田市立豊岡北小学校)を卒業。1893年、東京薬学校(現東京薬科大学)を卒業し薬剤師となる。北里研究所に入り第一高等学校教授の助手をつとめたが、病気のため退職した。体調回復後の杏雲堂病院薬局長時代に、保健強壮剤の肝油が魚の生臭さのため服用しにくいことを知り、「服用しやすい肝油」の研究を始めた。

1910年、ミツワ化学研究所に招かれ、1911年、子どもにも服用しやすい「ゼリー状のドロップ式の肝油製剤」の研究に成功し、『肝油ドロップ』と名付けた。1923(大正12)年、河合研究所・河合製薬所を設立し、1932(昭和7)年には日本薬剤師会会長に就任した。

「健康なくして教育はありえない」という信念で、学校用肝油ドロップの製造販売を開始し、肝油ドロップは1955年頃には全国の小学校に普及した。

「健康教育」を通して社会に貢献し、1941年に藍綬褒章、1959年、従五位勲三等を受けた。同年、83歳で逝去。

参考文献

  • 静岡新聞出版局 「静岡県歴史人物事典」 静岡新聞社 1991年
  • 塩澤 重義 「国語学史における松下大三郎」 桜楓社 1992年
  • 河合製薬株式会社ホームページ
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