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発見!いわた 「磐田の著名人」

寺田 信太郎 (てらだ のぶたろう)

1873(明治6)年~1951(昭和26)年
寺田式製茶機械の創始者

1873(明治6)年、磐田郡福島村福田(現・磐田市福田)に生まれる。母方の祖父は事業家の寺田彦八郎。

静岡中学校(現・県立静岡高等学校)卒業後、明治法律学校(現・明治大学)に進学。卒業後は出版社に就職、その後新聞記者になる。

1911年に榛原郡金谷町(現・島田市)に個人経営の寺田製作所を創立(現・株式会社寺田製作所)。特許を取った寺田式製茶機の製造、販売をはじめる。

1944(昭和19)年、寺田航機株式会社を設立し、その発起人総代となる。1951年、終戦により寺田産業株式会社に改称した。

1951(昭和26)年、製茶機械の製造開始に伴い、株式会社寺田製茶機械製作所と改称。

製茶粗揉機・製揉機等の改良に苦心し、今日の大型製茶機開発の基礎を築いた。また、地元のインフラ整備のために奔走するなど地域の活性化に熱心に取り組む一面もあった。

1951年7月死去。墓は島田市の洞善院にある。

※寺田製作所の創立年については諸説あり。
本稿は、㈱寺田製作所ホームページ会社概要、『静岡県会社要覧』によった。

参考文献

  • 静岡新聞出版局 「静岡県歴史人物事典」 静岡新聞社 1991年
  • 山田健治 「栄町の歴史」 静岡県榛原郡金谷町栄町 1971年
  • 株式会社寺田製作所ホームページ http://www.web-terada.jp
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