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発見!いわた 「磐田の著名人」

鈴木 丑五郎 (すずき うしごろう)

1840(天保11)年~1919年(大正8)年
発明家

1840(天保11)年、遠江国豊田郡掛塚村(現磐田市掛塚)に生まれた。生家は、荷車製造と醤油醸造業の傍ら農業を営んでいた。当時、修理のため工場に運び込まれる荷車のほとんどは車軸の摩滅と腐敗によるものであったため、少年時代から研究心が旺盛な丑五郎はその防止の研究に没頭し、1875(明治8)年、ついに摩滅を防ぐ鉄軸、腐敗を防ぐ塗装など車軸の改良に成功した。また、モグラ捕獲器を発明し、地域の暮らしに貢献した。

その後、酒粕蒸留器や再蒸留器など次々と工夫発明を果たし、丑五郎の名は、全国各地に発明者として知れ渡った。商品の注文が殺到、同時に弟子入りを希望する者が後をたたなかったという。

1900年12月、掛塚で火事があり大変な被害があった際に、弟子を統率し被災家屋の復旧に努めた功績は大きい。また、1905年の東北地方大飢饉の際には掛塚の農作物と自ら作った荷車を、その運搬用として寄贈した。

家業に従事し後継者の育成に尽くす傍ら、村会議員、掛塚農会長、遠江全国工業品共進会審査員、東洋輸出共進会審査委員など数多くの公職につき、社会貢献にも力を注いだ。1919(大正8)年10月7日、80歳で逝去するまで常に根気強く研究を継続した。この功績を称え、掛塚本町の香集寺(こうしゅうじ)西側に「鈴木丑五郎顕彰碑」が建っている。

参考文献

  • 静岡新聞出版局 『静岡県歴史人物事典 静岡新聞社 1991年
  • 竜洋町教育委員会 『ふるさと竜洋 改訂版』竜洋町教育委員会 1995年
  • 磐南文化協会 「磐南文化 第5号」 磐南文化協会 1980年
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